野菊の如き君なりき
昭和30(1955年)、松竹大船


製作:久保光三
原作:伊藤左千夫
監督・脚本:木下恵介
撮影:楠田浩之
音楽:木下忠司
美術:伊藤熹朔

出演:有田紀子・田中晋二・笠智衆
    田村高廣・杉村春子・浦辺粂子
    小林トシ子・雪代敬子・山本和子

原作は伊藤左千夫の有名小説『野菊の墓』。
思い出の信州の故郷を何十年か振りに訪れた一老人の回想のなかに、旧家に生まれ育った少年時代の主人公と年上のいとこの、淡く美しくそして悲しい恋の物語を描く。
木下恵介の筆致は、もっとも脂の乗り切った時期の作品だけに練達のリリシズムを感じさせる。若いふたりの恋心は封建的な道徳観を持つ大人たちによって無理やり引き裂かれ、少女は他家へ嫁がされるやがて少女は胸を病み、少年の手紙を抱いて死ぬ。
老人は少女が好きだった野菊の花を基前に供えるのだった。
回想場面の周囲を白地の楕円死のマスクで囲い、古い写真帖をめくるような手法が効果的で、詩情あふれる撮影も相まって涙なくしては見られぬ名作となった。

                          (ぴあシネマクラブ日本映画編2002〜2003より) 

政夫(田中晋二)の家は村の旧家で、父はなくなり、母(杉村春子)が一家をとりしきっていた。政夫が15歳のとき、母が病弱のため、政夫より二つ年上の従姉の民子(有田紀子)が家に手伝いにやってきた。
二人は幼馴染であり、とても仲が良く、その仲の良さは近所の人が恋仲として噂するほどだった。
意地悪の兄嫁(山本和子)や、女中のお増(小林トシ子)までが、二人の間に何かあるようにコソコソ言い合っている。それで母からも注意されるが、二人はかえって好きになる。
ある日、母の言いつけで二人で一緒に山の畑に作業に行き、道々、「政夫さんはりんどうのような人だ」「民子さんは野菊のようだ」と言い合った。もう、はっきり恋し合っている二人だった。しかし、帰りがおそくなった二人は家中から不愉快な眼で見られ、親しく口を利き合うことも難かしくなった。
まもなく、政夫は母の命令で町の中学校の寮に入れられた。冬休みに帰省すると、民子ももう実家へ帰されていた。お増の言葉では兄嫁の中傷のせいだという。あんな意地悪な人と一緒にいたくない、と言って、お増も斎藤の家を去った。政夫がまた学校へもどつて、しばらくすると、電報で呼びもどされた。民子が嫁に行って、出もどりになって病気で死んだのだという。そして、死んだ民子は、政夫の手紙をしっかと握りしめていたのだそうである。母はそのことを政夫に言って、二人の仲をさいたことを泣いて民子にわびた。民子の祖母は、民子が母に叱られて嫁に行ったときのことを話してくれた。民子は、どうしても他家に嫁には行きたくなかったのだが、政夫の母から、まだ若すぎる政夫の嫁にはできない、と、きっぱりと言われてあきらめたのだった。祖母はもっと民子の気持を汲んでやったら、と言ったが、みんなは聞かなかった。民子はそのまま、何も言わずに嫁に行き、以後、死ぬまで、政夫のことを思いながら、その名は決して口にしなかったのだった。


                      (佐藤忠男著 「日本映画300」(朝日文庫) より)