| 西鶴一代女 |
| 製作:児井英生 原作:井原西鶴 監督:溝口健二 脚本:依田義賢 稚影:平野好美 音楽:斎藤一郎 美術:水谷 浩 出演:田中絹代・山根寿子・松浦築枝 三船敏郎・宇野重吉・菅井一郎 大泉滉・進藤英太郎・柳永二郎 沢村貞子・清水将夫・毛利菊枝 加東大介・小川虎之助 |
| 長い低迷が続いていた溝口健二が、後輩・黒澤明の『羅生門』がベネチアでグランプリを受けたことに刺激されてこの傑作が生まれた。 17世紀、江戸時代中期の井原西鶴の名作「好色一代女」を依田義賢が脚色した、巨匠溝口の代表作のひとつ。 『好色一代女』の映画化は溝口にとってもかねてからの念願であり、それに応えた田中絹代も13歳の少女から50歳をすぎた娼婦までの女の一生≠見事に演じぬいた一世一代といえる名演。 |
| 奈良の荒寺に客にあぶれた街娼たちが集まり、グチを言い合っている。その中に厚化粧でも年は隠せないお春(田中絹代)という女がいた。その夜、巡礼帰りの百姓たちの前に引き出されこんな化け猫をお前たちは買いたいのか≠ニさらし者になった彼女は、我知らず寺の羅漢堂に入っていく。居並ぶ五百羅漢を眺めてるうちに、羅漢像のひとつひとつが過去の男たちに見えてくるのだった。 こうして時代は一気にさかのぼり、彼女が御所づとめに出ていた13歳のの時から彼女の流転の生涯が綴られていく。様々な男たちと出会い、別れていくたびに不幸になっていくお春を通して、封建制度下に自我を通そうとした女の悲劇を優しく、そして苛烈に描ききっている。 (ぴあシネマクラブ日本映画編2002〜2003より) |
| もう老残に近い年で街娼をしているお春(田中絹代)という女が、荒れ寺の百羅漢を眺めているうちに、その仏像のひとつひとつが、かつて自分と関係のあった男の顔に見えてくる。こうしてお春は、男性遍歴の一生を回想する。 侍の娘で、京の御所に勤めていたお春は、公卿の若党・勝之介(三船敏郎)と愛しあっているところを役人に摘発され、不義密通の罪で両親ともども洛外追放になる。若党・勝之介は、「お春さま、真実に生きなされ」という遺言を残して打ち首になった。 その後、お春は、奥方に子どもが生れなくて因っている松平家の側室に召しかかえられた。殿様が彼女に夢中になると彼女も存分につくした。あげく、殿様は房事適度で病気になり、彼女は生んだ子を残してお払い箱になった。 |
| つぎに彼女は父親に島原の廓に売られた後、、大金持の田舎者(柳水二郎)に身請けされようとしたが、この男はニセ金づくりで、その場で役人に逮捕された。 彼女はつぎには堅気の大商人(進藤英太郎)の家の女中になる。ところが主人が好色で彼女に目をつけ、奥さん(沢村貞子)に嫉妬されていじめられた。こん畜生! とばかりこの家をとび出した。 |
| やがて彼女は、乞食にまでおちぶれ、街娼たちにさそわれて街の辻に立つようになったのである。ある日、母親が彼女を訪ねてくる。彼女の生んだ子が大名になって、お呼び出しがあったのだという。喜んで行ってみると、大名の生母が街娼にまで身を落とすとはけしからん、と、永の蟄居を命ぜられたのだった。彼女は一目だけわが子に会わせてくれと言い、息子の姿を眺めながら身をくらましてしまった。 尼となって巡礼している彼女の姿で終りになる。 優雅に、悲劇的に、ユーモラスに、そして全体に一本、男性本位の封建社会に対する強烈な抗議の筋を通して悠々と物語をすすめている。田中絹代も凛とした気迫をたたえた好演で、芸達者が入れ替り立ち替り現れて厚味のある場面をつくり出している。 |
| 隅々までよく神経のゆきとどいた美しいセット(水谷浩)、流度な黒白映像の粋ともいうべきカメラ(平野好美)など、あらゆる面での技術的な水準の高さが渾然となり、稀に見る映画の美を生み出している。 日本映画史上のひとつの頂点であった。 田中扮するお春が経を読む声にひかれて羅漢堂へ近づいてゆくファーストシーンからラストまで、移動とパンをゆるやかに紡いでゆく息の長いショットで構成さた溝口の得意とした独特の長回しが最高に効果を発揮して、ヨーロッパの映画にも大きな反響を呼び、ヌーベルバーグ世代の若い監督達にも影響を与えた。 ヴェネチア映画祭国際賞受賞。 (佐藤忠男著 「日本映画300」(朝日文庫) より) |