| 心中天網島 |
製作:中島正幸 製作・監督・脚本:篠田正浩 原作:近松門左衛門 脚本:富岡多恵子 脚本・音楽:武満 撤 撮影:成島東一郎 美術:粟津潔 出演:岩下志麻・中村吉右衛門 小松方正・滝田祐介・加藤嘉 浜村純・河原崎しず江・左 時枝 |
| 近松門左衛門の不朽の名作浄瑠璃の映画化に10年来構想を練り、執念を見せる篠田監督の野心作。 書き割りを強調した粟津潔の美術や成島東一郎の映像も見事、そして詩人の富岡多恵子に音楽家の武満撤を加えた脚本にも見所十分。 そして、女房と遊女の二役をこなす岩下志麻の演技も高く評価された。 |
| この不朽の名作浄瑠璃を、音楽的には、まったく現代音楽的な感覚で古典の世界を現代に移し、演出面では、歌舞伎の黒子を登場人物として、二人の主役が死に急ぐたびに、あたかもそれを嬉々としておし進めようとするかのように、二人の死のための道具の準備をさせるのである。 歌舞伎はかつて賎民の芸能とされ、黒子はその歌舞伎の世界でももっとも身分が低かった者たちであるから、黒子の眼からみれば、商人と遊女が恋をして心中に追い込まれてゆくようすなどは、あるいは、ひそかな悪意をもって、ザマア見ヤガレ、というふうに見えたかもしれない。 そういう複雑な歌舞伎の劇構造をわざわざ映画的に明確にしてみせたのである。ATGの1000万円映画という経済的な事情から、セットも、わざと極端に簡単な抽象的なものにしてあるが、これをデザイナーの粟津潔が担当して、写実的なセットとはまた違った、モダーンな面白い耽美性を出すことになった。 |
| 大坂の天満の商人紙屋治兵衛(中村吉右衛門)が、曾根崎新地の遊女小春(岩下志麻)に通いつめ、金はつぎ込むわ商売はほったらかしになるわの思いつめようである。治兵衛の女房のおさん(岩下志麻二役)は、思いあまって、このままでは夫は心中しかねないから、別れてくれ、と小春に手紙を出す。小春はそれを承知して治兵衛に愛想づかしをする。 治兵衛は小春と別れるが、別れてもあきらめることはできない。小春が別の男に身請けされると思うと、口惜しくて口惜しくて、貞節な妻のそばにいながら思わずポロポロ泣いてしまう。おさんは、小春が身請けされると聞いて、それならきっと自殺するだろう、自分が別れてくれるように頼んだために自殺されたのでは申しわけない、義理がたたぬ、早く行って小春を身請けしてほしい、と治兵衛に言う。治兵衛は小春のもとにかけつけるが、もう二人は離れることができない。二人は無我夢中でセックスに導かれ、そして、心中してしまう。 古典にモダーンな息吹を吹き込むことにこの映画は成功した。エロチシズムの果ての死に一途にのめり込んで行ってやまない、一人のあさはかな男の生と死を、中村吉右衛門は完璧に演じた。成島東一郎のカメラも冴えに冴えたもので、抽象化されたピカピカ光る金属のセットのなかでのたかぶる葛藤と、いっぽう、墓地のロケーションの無常感などを巧 みに描き出して、心も凍るような黒と自の対照の妙を浮き彫りにした。 (佐藤忠男著 「日本映画300」(朝日文庫) より) |