| 淑女と髯 |
原作:北村小松 監督:小津安二郎 脚本:北村小松 撮影:茂原英雄・栗林 実 美術:脇田世根一 出演:岡田時彦・月田一郎・飯塚敏子 吉川満子・坂本 武・斎藤達雄 川崎弘子・飯田蝶子・伊達里子 |
| 無声映画は、字幕や弁士はあったが、基本的にはセリフの表現力を頼りに出来ないもので、身振り表情が勝負だった。とはいえリアリズムの作品ではあまりオーバーな身振り表情もできない。その点、時代劇や喜劇は誇張した身振り表情が不自然ではないので無声映画には適していた。 とくに喜劇は、パントマイム式にセリフがなくても分るようなゼスチュアーで面白さを出すことができたので、無声時代のそれはトーキーのセリフ本位やドタバタ本位の喜劇とは全く違う独特のものになったのである。とくにまだ二十代だった無声時代末期の小津は、多数の登場人物に滑稽な身振りを振りつけて笑わせながらストーリーを展開することにかけては天才的であり、第一級のパントマイム振り付け師であったと言っていい。そのパントマイムは殆んど陽気な舞踊の一種で優雅でさえもある。 「淑女と髯」は小津安二郎が若い頃さかんに作ったこの種の無声コメディの代表作のひとつであり、さいわいフィルムが保存されている。 岡田時彦が絶妙のユーモアを発散させて演じている主人公は、羽織はかまに髯ぼうぼうという蛮カラの大学剣道部主将。その髯のために就職試験に落ちたりするが本人はいっこうに無神経である。それを貧しいオフィス・ガールの川崎弘子に忠告されて髯を剃ると見違えるように近代的な青年になり、反発していた金持の令媛や女泥棒にまで惚れられる。しかし彼はもちろん純情なオフィス・ガールに求婿する。 岡田時彦は当時の日本映画界でいちばんモダーンなセンスのあった二枚目で、陽気な喜劇的な演技も上手かった。小津安二郎は彼を高く評価し、彼が若くしてなくなったことを心から惜しんだ。岡田時彦がいたから明朗な書劇も作れたのだと小津は言っている。 この映画で小津安二郎のパントマイム式演出が冴える場面のひとつは、はじめの剣道大会である。動きのひとつひとつがギャグになっていてじつに快調だ。余談だが剣道の試合というのはパントマイム式の喜劇にしやすいようで、伊丹万作監督の失われた伝説的な名作「国士無双」(1932)もさいわい片岡千恵蔵と高勢実乗(あのねのオッサン)が道場で珍妙な試合をするパントマイム的な喜劇の場面だけが残っているが、これもじつに面白い。小津安二郎や伊丹万作といえぱ日本映画史上もっとも高踏的で品のいい芸術家であるが、こういうドタバタの洗棟にも全力投球した職人でもあったことを忘れてはならない。 |