太平洋ひとりぼっち
昭和38(1963年) 日活=石原プロ

監督:市川 崑 
原作:堀江謙一 
脚本:和田夏十 
撮影:山崎善弘 
音楽:芥川也寸志・武満 徹
美術:松山崇

出演:石原裕次郎・森雅之・田中絹代
    浅丘ルリ子・大坂志郎・ハナ肇
    芦屋雁之助・神山勝・大坂志郎



小型ヨットを駆って94日間の太平洋横断を成功させた。その青年・堀江謙一の、日記風の同名の手記を原作にして、市川崑が演出した青春冒険映画。

無風状態の大阪湾内を1日半も迷走した“マーメイド号”は一転してシケで大荒れの海原で悪戦苦闘する。やっと太平洋に出たと思えば今度は台風。やがて水は腐り、食料も不
足気味になり、体力も消耗し尽くす。しかし目指すサンフランシスコは目前に迫っていた。ひとりの青年が壮挙を成し遂げる様子を、スリルとユーモアで描く感動的作品。
遠くに金門橋を見つけた時の狂わんばかりの歓喜が、見る者に深い感動を呼び起こさせた。

                 (ぴあシネマクラブ日本映画編2002〜2003より) 
1962年8月、一隻の小さなヨットがサンフランシスコに入港した。
乗っていたのは日本人の青年堀江謙一である。5月に西宮を出港して3ヵ月かかって、ひとりで太平洋を横断したのだった。正規の出国手続きはとっていなかったから密出国であり、ごく少数の家族や友人たちしか知らない秘密の航海だった。彼の成功以後、さまざまな人が小型ヨットによる太平洋横断や世界一周を試みるようになるが、当時はこれは信じられないような大冒険と考えられ、サンフランシスコからの到着の知らせは大ニュースになった。
一躍ヒーローになった堀江謙一はこの経験を「太平洋ひとりぽっち」という本に書き、これはベストセラーとなった。

日活から独立して自分のプロダクションを設立したスターの石原裕次郎がこれの映画化権を得て主演した。彼はアクションもののスターとして人気絶頂であり、大冒険映画の主役はうってつけのようであったが、じつは洋上の一人旅には格闘もなければラブシーンもない。風呂にも入れず、ただただ汚れを重ねながら甲板上にうずくまり、波にほんろうされてせまい船室を転げまわったり、雨に打たれたり、淋しさをまぎらわせるために泣いたり飲んだり、アクション・スターとしては例外の難しい一人芝居の連続になった。しかし太平洋の荒波や、真上から見ると強風に帆をはためかせながらジグザグに進行するヨットの生き物のような動きなど、海洋映画としては圧倒的なカがあり、ひとりの男が大自然の中で自分の肉体的精神的なカの限界を試してみようとするドラマとして爽快な映画に仕上った。
      
脚本の和田夏十と監督の市川崑は、しかしこれを単なる冒険映画にとどめてはいない。
帆走を続けながら主人公はこの航海に出るまでのいきさつを何度もふり返る。
その回想シーンには彼の両親(森雅之・田中絹代)や妹(浅丘ルリ子)、先輩や友人たちも登場し、彼らとのやりとりをつうじて堀江青年の人間性の掘り下げに力をこめている。周囲の常識人たちには理解し難い、殆んど偏屈なまでに非妥協で自我にこだわる男であり、自分のことしか考えないつきあいにくい男である。そこにはまた、当時の日本の青年たちに広く見られた閉ざされた現実からの飛躍の願望も見られる。そんな男が、しかし、とことんひとりに徹し、全力を出しきったあとで、自我の垂さからふっと抜け出たように満足感にひたるサンフランシスコのホテルの風呂の場面が素晴らしい。

                       (佐藤忠男著 「日本映画300」(朝日文庫) より)